愛しの故郷

架空の人物が作る小話と寓話置き場です。あなたの心にひとときの安らぎを。

獣人少女シリーズの小話

1)実はクルルはダルくんより身長も体格も体力も勝っています。

2)作品の世界観設定はアメリカ開拓時代前後ですが、「魔法」という概念があるのでほんの少しだけオーバーテクノロジーが存在します

3) 主人公の少女、クルルはティーンですが優れたハンターです。少し(?)怠け者で聡明で勇敢。

4) クルルが拾った青年、ダルはクルルよりも年上で、学歴もクルルより上です。おそらくは大きな人間の街の学校を卒業した、かなりのエリートでしょう。

5)村のお医者さんは産婆や外科医、村同士で諍いが起きた時の衛生兵役なども兼ねています。まだ出てきてはいませんが、顔を隠している上に自分が不細工に見える化粧を施しています。。。これにはちゃんと理由があるみたいですよ!

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の3~

…目を覚ましたニンゲンがその琥珀色の瞳をあからさまな蔑視の色に染めて僕を見た時、僕のしっぽがまるで弓のツルみたいにピンとなってなんだか妙な感覚に襲われた事を今もはっきりと覚えている。

そんな目を向けられても、僕はこの家にお客さまが来てくれた事が嬉しかったから、努めて明るく振る舞おうと声をかけた。

「目が覚めたみたいだね。具合はどう?」

「………」

彼は沈黙したままだった。

きっかり20秒の沈黙後。

彼は僕の目の前で耳障りな音を立てながら口を使って絵を描いて見せた。
慌ててタライを持ってくるものの、もう遅い。

上等なフランネルの毛布をキャンバスの代わりに、室内に据えた匂いを充満させながら斬新な技法を使って奇妙かつ前衛的な模様を描いていく。

 

僕が部屋に戻ってくる頃には彼の前衛芸術的な生産活動はとっくのとうに終わりを迎えたようで、彼は恨みがましい目で僕を睨みつけていた。

苦笑いを浮かべて肩をすくめ、コップに水を汲んで差し出しながら毛布を洗濯場に持っていく。

再度、新しいふわふわの毛布で震える彼をきっちりとくるみ、台所に戻ってシチューの火を止め、ヤカンでお湯を沸かす。

いきなり吐くだなんて一体どうしたんだろう。そんな兆候は見当たらなかったけれど、おなかでも下しているのかな??
でも、理由はなんであれ、あのニンゲンさんは随分と衰弱しているみたいだ。枯れ枝みたいな体を見れば誰だってわかる。あんなやせっぽっちじゃ、この村の冬を越せない。


あのニンゲンをどうやったら助けられるだろう。どうやったら太らせる事ができるだろう。…まずは一晩様子を見て、明日の朝1番にお医者さんを呼んでこよう。
温まっていくヤカンを前に、僕はそうひとりごちて決断を下した。

お湯を沸かし、マグカップを2つ準備しながら台所の薬草棚のストックを確認する。それから、彼の姿を思い浮かべ、目を閉じて祈った。
数種のハーブと数種のフルーツと糖の一種。材料がレシピと共に浮かぶ。

作るお茶は2種類、苦くて濃くて美味しくないお茶と、甘くて爽やかでごくごく飲める物。

僕は無意識のうちに台所の窓を開けて換気をはじめ、調合に取り掛かった。

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の2~

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目を覚ました俺が最初に目にしたのは知らない天井と知らない風景で、俺は大嫌いな匂いに包まれていた

弱りきった体の奥底から嘔吐感が込み上げ、えずく。
咄嗟に口を押さえた時、バタムと威勢のいい音を立てて部屋の扉が開いた。

臭い。穢らわしい。近寄るな。肉を食べる下衆女。ケダモノ。クズ。

目の前の女が尻尾と耳を振り回しながら親切そうに話しかけてきた時、俺はこっそりと心中でそう思った

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世界を手に入れてもまだ足りない〜日常編〜或る男が見つけた物

キャスター:世界を揺るがすような新発見をしたとのことですが、中村教授、現在のお気持ちは?

中村教授:信じられない気持ちですが、とても嬉しく、光栄に思っています。

キャスター:物理学の法則を覆すような新発見、渦の法則の第一発見者であり今回ノーベル物理学賞を受賞することとなった中村教授、実は法則を発見したのはどこのご家庭でもよくある、とある「家事」をなさっている最中だったそうですね。

中村教授:そうなんです。何を隠そう私、家事、特に掃除と洗濯が大好きでしてね。あそこには物理学の喜びと楽しみが隠れていると常々思っています。 けれどまさか、縦型洗濯機に新発見が隠されているとは思ってもいませんでした。水流の渦を見ているうちに回転する微細な素子の動きを発見出来るとは…

キャスター:ノーベル物理学賞を受賞した中村教授のインタビューでした。授賞式は新型ノロウイルス対策のために居住国での授与式を…

ここで私は正気になり、何度目だろうと心中で思った。

自らが発見した「渦の法則」が生み出した時空の渦に囚われ、自分がノーベル賞を授与した時間の中心から抜け出せなくなるとは思っても見なかった。誰か助けてくれ。このままでは時間に囚われたまま家族にも会えない。

「ママー!また洗濯機が壊れたー!」

「あらまた?パパが自分のパンツ洗うといつもこうなるよね。パパがお散歩から帰ってきたらおはなししておこっか。」

頼む、妻よ子よ。そこでどうか、強制的に脱水をしてくれ。でないと私は…

「うん!洗濯機はどうするー?ママ。」

「パパの家事の邪魔をしちゃいけないし、もっと壊れちゃうかもしれないからそっとしておこっか。」

「はーい!」

ああ、まただ。

 

 

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の1

クルルにとって森は家の庭みたいなもので、街道沿いの草原は商店街みたいなものだった。 

その日クルルが見つけたものは、脂ののりはじめた雌鹿に数種の名残ハーブ、皮袋に一杯のクルミに少々のキノコ、そして1人の酷く痩せこけた男だった。

 クルルが最後に見つけたもの、それが雌鹿よりもイノシシよりも尊い収穫物で、そいつが後のクルルの人生を良い方向に大きく変えていくようになるとは誰も知らなかった。

賢い事で有名な平原狼の長老でさえ、知らなかった。

これがニンゲンでよかった、とクルルは思った。
ニンゲンだったら雑食だから、自分たちと似たような物を食べる。生活形態もだいたいおんなじ。だからわかりあえる。

弱々しい呼吸と震戦を繰り返し、時折魘されて声をあげるニンゲンを肩に抱え直しながらクルルは身勝手にそう思っていた。

 

 

世界を手に入れてもまだ足りない

世界は渦の中心に存在するのだという。             私が物理学者の叔父からその話を聞いたのはいつの話だっただろうか

19歳になった私は自室内の空気を汚らしい罵声でかき乱し、暴れ回り、転げ回っていた。

自慢の艶やかな長い髪の毛は見る影もなく夜叉のように乱れ、暴れるたびに獅子舞のように振り回されている。

たかだか…大抵の場合この言葉は物事の渦中にある当事者にとっては少しもそうではない…たかだか失恋、されど失恋。失恋した私は私を振った相手を許せず、怒りと悲しみから前記のごとく暴れ回っていた。恨み節から恋人への呪詛を綴った動画や絵まで創り上げた。

まるでハリケーンか台風のごとく髪の毛を振り回していた私はその時たしかに世界の中心だった_________

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気がつけば私は自室内に居た。そうだ、明日は大学のzoom授業で推しの教授の講義があるのだった。今のうちに準備をしておかねば。 

感情にあかせて己自身を振りまわし、物理法則に則って渦を作り上げた彼女の体内記憶と体内時間がタイムリープ現象を引き起こし、彼女に起こった全ての事象とそれに関する記憶をかき消し、タイムリープ中の自分自身の手で動画も絵も全て消してしまった事を彼女が知るよしもなかった。

彼女の目線はもはや失恋相手には向いておらず、ただ世界の片隅で生きる事を考えるのみとなった。