愛しの故郷

架空の人物が作る小話と寓話置き場です。あなたの心にひとときの安らぎを。

蛇に睡眠、人に熱

「蛇は温めないと死んでしまう」というのが父親の口癖だった。

「常に温めておかないといけない、何故なら自ら熱を生み出せないから」と。

 

蛇、というのが母の事で、そのあだ名の通り母は蛇か何かのような変温動物じみた性格と行動をする人間だった。

母が蛇で父は人間。蛇は温もりを人間から奪う。だから蛇は悪いやつ。

僕はそう思って、ずっと母を毛嫌いし、穢らわしい生き物のように見てきた。

 

「蛇は温めないと死んでしまう」という父の言葉は思春期を迎えて母への嫌悪がますます増していく僕に容赦なく降り注いだ。

母親に優しくしろという暗黙の言葉がプレッシャーとなって突き刺さり、僕は疲れて濁った目で父を見るようになった。

 

母が蛇で父が人間ならば僕は半人半蛇だ。けれど僕は自らの意思で熱を生み出せる。ならば僕の中に在る蛇の血はなんの役に立っているというのか。

どろりとした実験思考のまま僕は精神的な滝登りを繰り返し、母は精神的な脱皮をしないまま歳をとり、10年という歳月が経過した。

 

10年が経過して、改めて僕は思う。

 

「蛇は温めないと寝てしまう。人は温めないと死んでしまう」

 

人の心を熱く持ち、心のままに滝登りを繰り返すうちに僕は龍になっていた。

孤食のグルメ 第壱話フォカッチャもどきとソパ・デ・アホ

「米が…ない…。財布の中身は…500円か…。あと、一週間…。」
「砂糖…塩…サラダオイル…水は、…出る。」
特売の小麦粉が1キロ100円。それを2袋買う。卵を1パック98円で購入する。玉ねぎを買えるだけ買う。
小麦粉にお湯、砂糖、塩、サラダオイルをいれてよく煉る。
オリーブオイルで玉ねぎを炒める。おろしにんにくをこれでもかといれる。コンソメスープをそそぎ、卵をときほぐす…スペイン料理のソパ・デ・アホの簡易版ができた。
小麦粉の生地を丸め、手のひらで伸ばし、表面にひとつまみの乾燥ローズマリーをつけて…フライパンで焼こう。なんちゃってフォカッチャの出来上がりだ。
「タンパク質、最低限の野菜、糖質、脂質…うまい、うますぎる!最高だ!」
「ごちそうさまでした。今日も生き延びられました。」

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の7

グラスの中身を飲み干してから倒れ込むように眠ってしまったニンゲンさんの素直さが微笑ましくて顔が緩む。

赤いお茶がついたまま眠りこける彼の口元をハンケチでざっとぬぐい、体が冷えぬよう毛布で彼をくるみ直し、夜中に何かあったらすぐに僕を呼べるよう、サイドテーブルにベルを置いておいたから、何かあったらこれで呼んでくれるだろう。

眠りこけた彼の呼吸が安定している事をもう一度確認してから僕も眠りにつく支度をする。

 

色々ありすぎて疲れた。今日は…ゆっくり眠ろう。

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の6

お盆に載せ、お客さんのいる部屋の扉を軽くノックすると小さな小さな、沼地にいる蚊よりも小さな、鼻をすするような頷くような音が返ってくる。いい、ということなのかな…そう思い、部屋の扉を開いた。

 

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頭が痛い。寒い。体が痛い。苦しい。
ケモノ女が扉をノックする音が響いて、煩わしい。

それでも俺の体は生きようとしているのか、ノックの音を聞くと反射的に喉から声が搾り出される。

入ってきたケモノ女は妙な匂いのする茶色の液体が入ったコップを差し出し、仕草で飲めと強く勧めた。

顔を顰めながら渋々飲むと、女はそれで良いというように頷く。
不快な味と強烈な匂いにおさまっていた吐き気が込み上げ、口元を押さえた俺に、今度は赤い透明な液体が入ったコップがさしだされた。

ご丁寧にも麦わらが刺されているから、これで吸え、という事なんだろう。俺の嚥下能力にまで配慮していて、いちいち小癪に触る女だ。

こみあげる吐き気をどうにかしたくて、差し出されたグラスの中身を思い切り吸い上げた途端、花と果実のむせかえるような芳香と程よい酸味とバランスのとれた心地よい甘みが俺の口内を縦横無尽に駆け巡る。

美味いじゃないか。 

そう思って女に視線を向け、フンと鼻を鳴らして返事をした。

その様子を見て女はニコニコと笑顔を向け、それでいいと言うようにうなづいて空になったグラスを俺の手から取り上げ、グラスを軽く持ち上げておかわりはと仕草で聞いてくる女に、首を横に振っていらないと返事を返す。

さっきの茶色い方の液体のせいだろう。なんだかとても…眠かった。

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詩編:ぬすっと妖精

ぬすっと妖精どこにいる?
おばあちゃんのクッキーを盗んでる

ぬすっと妖精どこにいる?
捕まえて籠にとらえてピンで羽根を刺しましょう

ぬすっと妖精籠の中
ナナカマドのほうきではたきましょう

ぬすっと妖精泣き出したもうやらないよと泣き出した
ゆるすもんか、かまやしない

おばあちゃんぬすっと妖精をほうきで窓から追い出した

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の5

カミツレショウガ、ラベンダー ホップの香りよたちのぼれ

薔薇のつぼみにラズベリー すぐりにイチゴ、白いモモ…乙女の祈りよ清らかに」

ずっとずっと昔から獣人族に伝わる、癒しと赦しを祈るとても古い愛の歌。

それをお客様に聞かれないように小声で歌いながら琺瑯のお鍋にお湯を注ぎ、次々と薬草を投入していく。

しばらくすると匂いは悪くないが、とても濃い茶色をした苦そうな液体が出来上がる。

これは強い沈静効果と体をあたためる効果がある。少しでも飲みやすくするためにと蜂蜜を少しだけ落とした。…あの人、苦い物が苦手そうだから。

次はもっと簡単だ。

ガラスで出来た綺麗なポットの中に白砂糖と果物、そのほかのいい香りのする物をいっぱいつめて少し放置して湿らせてからお湯を注ぐだけ。

こっちは少しぬるくして飲んでもらいたいので、グラスに氷の薄片を浮かべる。赤くて甘酸っぱい、初夏の庭のようなお茶が出来上がった。
このお茶は普段の気分転換に飲んでもいいし、あつあつのこれに馬鈴薯の白い澱粉でとろみをつけて、とろとろのそれをすすってもいい。…そうだ、明日の朝はとろみをつけたこれにしようか。

 

獣人少女は拾った生き物の世話をするために苦手な野菜料理を学ぶようです~其の4

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なんなんだ、あの女は。体からケダモノの象徴を生やしているというのに、穢らわしい肉の煮込みを作っているというのに。俺が粗相をしても唸り声一つ叫び声一つあげない。

それどころか軽蔑の表情一つ浮かべず全てを片付けていなくなっていった…

俺の手が無意識のうちにケダモノ女が自分を包んだ…まるで赤子みたいに!(それもまた忌々しいし腹立たしい)毛布に触れる。

柔らかくしなやかで、それでいてふわふわで温かい。…即ちこの毛布は随分と上等な物だ。

おおかたどこかの人間の集落から奪い取ってきたんだろう。薄汚い蛮族め。

まぁいい。差し出されて思わず飲み干した水は衛生的な物だったし、忌々しい肉の匂いも部屋から消えた。それだけでも十分だ。

あの女は俺を手当てしようとしているようだ…しばらくは醜い蛮族の手当ごっこ乗っかってやるのも一興というものだろう。いざとなったら殺せばいい。相手は蛮族だ、何をしたって構わない。

それが相手に対して酷く失礼な事であることを、その頃の俺は知らなかった。意識もしていなかった。俺は無知で、どうしようもない自惚れ屋で、傲慢ちきだった。

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