愛しの故郷

架空の人物が作る小話と寓話置き場です。あなたの心にひとときの安らぎを。

蛇に睡眠、人に熱

「蛇は温めないと死んでしまう」というのが父親の口癖だった。

「常に温めておかないといけない、何故なら自ら熱を生み出せないから」と。

 

蛇、というのが母の事で、そのあだ名の通り母は蛇か何かのような変温動物じみた性格と行動をする人間だった。

母が蛇で父は人間。蛇は温もりを人間から奪う。だから蛇は悪いやつ。

僕はそう思って、ずっと母を毛嫌いし、穢らわしい生き物のように見てきた。

 

「蛇は温めないと死んでしまう」という父の言葉は思春期を迎えて母への嫌悪がますます増していく僕に容赦なく降り注いだ。

母親に優しくしろという暗黙の言葉がプレッシャーとなって突き刺さり、僕は疲れて濁った目で父を見るようになった。

 

母が蛇で父が人間ならば僕は半人半蛇だ。けれど僕は自らの意思で熱を生み出せる。ならば僕の中に在る蛇の血はなんの役に立っているというのか。

どろりとした実験思考のまま僕は精神的な滝登りを繰り返し、母は精神的な脱皮をしないまま歳をとり、10年という歳月が経過した。

 

10年が経過して、改めて僕は思う。

 

「蛇は温めないと寝てしまう。人は温めないと死んでしまう」

 

人の心を熱く持ち、心のままに滝登りを繰り返すうちに僕は龍になっていた。